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今日のコロナカレッジハイツ・オレンジ&レモン組合の近代的な包装設備は、これまでの長い努力、経験、および柑橘類業の専門知識の結晶です。
CCHはその長い歴史の間、数件の火災、十数回の凍害、大恐慌、2つの世界大戦、およそ14件の合併・吸収、100年を超える経営の歴史を経て、世界有数の柑橘類包装工場の地位を獲得するに至りました。
当組合は1899年9月、クイーンコロニー・フルーツ・エクスチェンジの新選理事会をもって発足し、1905年に名前をコロナ柑橘類組合に変更、1907年10月にサンセットフルーツエクスチェンジの包装工場、機械、工具を総額$1,100で賃借し、1910年1月、包装工場、機械、工具、設備を含め$9,000でサンセットフルーツ社を買い取りました。
年とともに成長を続け、他の包装工場との合併も重ねてまいりました。アーリントンハイツ・フルーツ社の包装工場が全焼し$166,826の被害を出した1939年3月の火災にも、さらに1945年12月に包装工場と設備を焼失したもう一つの火災にも、華氏25度の低温がレモン栽培者に大きな損害を与えた1953年の凍害にも耐えてきました。
1964年に当組合はリバーサイドのインディアナ通りにある包装工場に移転しました。この工場はそれ以前ビクトリア包装工場だったものです。1980年9月にはCCHは80年間続いたサンキスト社との販売契約を解約し、サンワールド・インターナショナルと契約関係を開始しました。1990年11月に、アーリントンハイツ・フルーツ社の工場に移転し、現在に至っています。
1996年2月にはサンワールドとの販売契約が切れ(16年続いた後)、独立の販売活動を開始しました。今日の当組合の近代的な包装設備では、昨年度490万カートンが包装され、100年前に始まった「卓越」の伝統を守り続けています。
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